Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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shouwamura1


2004.11
事例分析:夫婦サブシステムの暗黙のルールとしての否定的機能ルール
の明示化=言語化及びその肯定的機能ルールへの明示的転換

はじめに
 以下に行う事例分析においては、事例として、『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチ―』P.60~61「事例2 口論の絶えない夫婦」を選択する。以下の事例分析は、1.介入対象となるクライエント・システム2.介入の対象とすべき問題3.介入目標及び介入方法の順序で論述される。また、上記2の問題分析においては、特に夫婦サブシステムの「ホメオスタシス(均衡)」を維持している「暗黙のルール」及びそのルールに従属した夫婦サブシステムのコミュニケーション形態に焦点を絞って論じる。こうした焦点化により、3の介入目標及び介入方法の論述は、夫婦サブシステムの「暗黙のルール」としての「否定的機能ルール」の明示化(言語化による提示)及びその「肯定的機能ルール」への明示的転換(言語的に明示されたルールへの転換)が主な論点となる。
(注1)
1.介入対象となるクライエント・システム
本事例において、実際にワーカーに「相談にきた」という意味でのクライエントは、「夫32歳、妻30歳の竹島夫妻」(注2)であり、主訴は、「口論が絶えず夫婦関係が悪化していて、このままでは離婚することになりかねない」(p.60)というものである。しかし、本論においては、この夫婦をサブシステムとする夫、妻、及び「2歳になる女の子が1人」(p.60)で構成される家族システムを、介入対象となるクライエント・システムとする。但し、「はじめに」で述べたように、本論においては、夫婦サブシステムに対する介入が主な焦点となる。しかし、その介入の目標は、単にサブシステムとしての夫婦関係の改善に限定されるのではなく、子どもを含んだ家族システム全体の改善である。すなわち、本論においては、この夫婦サブシステムの改善による、具体的には育児のあり方といった親子関係の改善も介入の重要な効果として位置づけられる。
2. 介入の対象とすべき問題
夫は、主訴に関して、「2人の間で口論が絶えない(中略)最近、口論の回数が増えている(中略)2人の関係が悪化している」(p.60)と述べ、「口論の原因」(p.60)に関しては、「これといった原因がない(略)気がつくと口論をしている自分があり、何か自分に落ち度があって妻から責められる立場に置かれているような形になっている」(p.60)と述べている。それに対して妻は、「あなたに落ち度があるから口論になる」(p.60)と述べ、ワーカーが「「あなたに落ち度」という意味は何であるのかと質問すると」、「2人がほとんど同時に口を開き自分の意見を言おうとした」(p.60)。
 上記の事実から、本事例において「介入の対象とすべき問題」は、夫婦サブシステムのコミュニケーション形態が、互いに相手を攻撃し合う悪循環システムという否定的な形態においてホメオスタシスを維持していることである。なお、この否定的形態における夫婦サブシステムのホメオスタシスを維持している暗黙のルールとしての否定的機能ルールが、ミクロなサブシステムである夫と妻のそれぞれの側から相手に対して一方向的に作動している。言い換えれば、本事例の否定的形態における夫婦サブシステムのホメオスタシスは、コミュニケーションが相互的な応答性を欠くシステムに特有の特徴を持っている。すなわち、この夫サブシステム・妻サブシステムそれぞれの「無意識のコミュニケーション原理」として位置づけられ、悪循環的な相互の攻撃というコミュニケーション形態において夫婦サブシステムを構成している否定的機能ルールが存在する。
なお、この暗黙のルールとしての否定的機能ルールは、夫サブシステムから作動するものとしても、また妻サブシステムから作動するものとしても共通する機能と内容を持っている。しかし、各々の表現において、以下の差異が存在する。まず、夫サブシステムの場合は、「夫婦関係におけるどのような口論=コミュニケーション不全も自分自身に起因するものではない(よって相手の話をよく聞く必要はなく、むしろ相手を論破すべきである)」という表現を取る。すなわち、必ずしも「相手が悪い」という表現ではなく、むしろ「自分のせいではない(身に覚えがない)」という表現を取る。このルールが「無意識的なもの」であることは、上記の夫の「これといった原因がない(略)気がつくと口論をしている自分があり、何か自分に落ち度があって妻から責められる立場に置かれているような形になっている」という言葉に明瞭に示されている。これに対して、妻サブシステムの場合は、「夫婦関係における口論=コミュニケーション不全は夫に起因するものである(よって相手の話をよく聞く必要はなく、むしろ相手を論破すべきである)」という表現を取る。
これら両者の差異は、夫が暗黙のルールに無自覚(無意識)に従属しており、家事・育児問題等自分自身の行動に関わる諸要因の「否認」というポジションを取っているのに対して、妻の場合には、ルールのその都度の作動は無意識であっても、家事や育児に非協力的な夫の行動に対する不満や苛立ちを日常的に意識していることに由来する。ここには、コミュニケーション不全の枠組みである現実的な夫婦関係における権力構造に由来する問題が存在する。また同時に、夫の「当然という顔」(p.60)が象徴しているように、妻が認識しているこの問題への夫の認識の欠如という問題が存在する。
3.介入目標及び介入方法
上記2で論じた否定的機能ルールにより、本事例の夫婦サブシステムにおいては、「一人ひとりが交互に話をすること、相手が話をしている時は黙って話を聞くこと、相手の話の途中で口を挟まないこと」(cf.p.30)というコミュニケーションの「基本的ルール」(p.60)が欠如しているという問題が生じており、まずはこのルールの導入が介入の主要な短期目標となる。その方法の原則は、暗黙のルールとしての否定的機能ルールの明示化(言語化による提示)及びそれの肯定的機能ルールへの明示的転換(言語的に明示されたルールへの転換)である。さらにこれにより、夫婦サブシステムのコミュニケーション不全の枠組みである「育児・家事への夫の不参加」という現実的な夫婦関係における権力構造に由来する問題への夫の認識を導入し、少しずつでも夫に育児・家事へと参加させるようにしていくことが長期的な目標となる。以上の介入目標に従って、以下に介入方法の手順を述べる。
(1) 上述のように、夫婦サブシステムに「一人ひとりが交互に話をすること、相
手が話をしている時は黙って話を聞くこと、相手の話の途中で口を挟まないこと」というコミュニケーションの「基本的ルール」を導入し、このルールに従ったコミュニケーション(会話)のトレーニングを実施する。
(2) 相手の話を最後まで聞くという習慣付けがなされた段階で、これまでの否定
的(攻撃的・一方向的)コミュニケーションの形態を転換する必要性を理解させる。具体的には、上述の夫婦サブシステムを支配していた暗黙の否定的機能ルールを明示化した上で、「「あなたが(相手)何をした」という責め言葉を一人称の表現(引用者による付記:「私はあなたに~を望む」)に変え、自分にこの事柄がどのような意味があるのかということを表現するように指示を与え」(p.62.)、この指示に基づいたコミュニケーション(会話)のトレーニングを実施する。
(3)上記の指示をより普遍的な「肯定的機能ルール」として表現し、さらにこのルールに従ったコミュニケーション(会話)のトレーニングを実施する。(注3)
(4)上記ルールによる肯定的コミュニケーションが習慣づけられたなら、「私はあ
なたに~を望む」という形式における具体的な相手への要求を、夫婦サブシステム及び親子サブシステムの改善を視野に入れた話し合いのテーマとするよう援助する。例えば、妻の「自分は夫と同じように働いているのに夫の何倍かの負担を抱えている(中略)同じ会社に勤務している」(p.60)にもかかわらず、自分のみが一方的に家事・育児を押し付けられている、また「それに対して夫は当然という顔をしていて」(p.60)家事・育児に協力せず、自分に対する共感を持たない無理解・無関心な夫のあり方への不満や苛立ち、また不安感や絶望感を表出させ、こうした問題に対する夫の否認というポジションを、家事や育児へと公平に協力するポジションへと転換させるよう働きかける。
(5)上記夫婦サブシステムのコミュニケーションスキルをアップさせる支援の継続が必要である場合には、中長期的な支援としてコミュニケーションの悪循環性が完全に解消され良好な状態が定着するまでの相談援助と援助効果のモニタリングを提供できる社会資源を提供する。一例として、地域において夫婦で参加できるような育児教室等のプログラムを持つ子育て支援のNPO・セルフヘルプグループ等への参加が考えられる。
             【注】
(注1) 上記「はじめに」の記述に関して、『人間行動と社会環境』平山尚・武田丈著 ミネルヴァ書房 2000年p106-114を参照。なお、本論においては、否定的であれ肯定的であれ一定の構造と運営の形態を持つコミュニケーションが「重複性原理」に従って反復されるという限定された意味で家族システムの「ホメオスタシス(均衡)」を論じる。
(注2) 『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチ』 
平山尚他著 ミネルヴァ書房 p.60.なお、以下の記述において、上記テキストから引用する場合には、それぞれの引用符の後に、引用頁を括弧内に記す。
(注3)この場合参照される「肯定的機能ルール」の例については、(注2)の前掲書のp.108-109を参照。
           【参考文献】
『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチ』 
平山尚他著 ミネルヴァ書房 1998.
『人間行動と社会環境』平山尚・武田丈著 ミネルヴァ書房 2000年
『家族療法の基礎』フィリップ・バーカー著 金剛出版 1993年
『家族と家族療法』サルバドール・ミニューチン著 誠信書房 1983年
『家族療法』ジェイ・ヘイリー著 川島書店1985年
『精神の生態学(改訂第二版)』グレゴリー・ベイトソン 新思索社 2000年


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